幼児教育はプログラミングより算数、英語より日本語『0才から100才まで学び続けなくてはならない時代を生きる学ぶ人と育てる人のための教科書』

2019年1月16日読書・書評

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70歳80歳、もしかすると90才?仕事という形で社会と関わり続ける自分自身についても、また子供を持つひとりの親としても、今後何をどう学んで生きていくのかというのは人生において外せないテーマです。同じ1987年生まれなのにどうしてこうも差がつくかといつも感じる落合さんがこのあたりの内容に関する本を出されたというので即購入してみました。本当は子供の学び方についてなにかヒントがないかなーと思って読み始めてみたのですが、子供のことはもちろん、自分自身のスキルや学習、生き方みたいなところにも気づきがあって、予想以上に世の中の親に読んで欲しい本でした。こういう考え方がもう少し広まるとこの国の明るくない将来にも希望があるんじゃないかと思ったりしました。

「ゼロヒャク教科書」概要

この本は「学ぶ人と育てる人のための教科書」というタイトルにある通り、子供はもちろん子供だけじゃない学び続ける人に向けた本です。英語は早くやったほうがいい?プログラミングは学ぶべき?大学には行くべき?行くならどこがいいか?という親なら一度は考える問題について落合さんなりの考えを提示しています。

子どもの教育について

子どもの教育については僕自身も皆さんもなんらかの意見を持っていると思いますが、それが彼らが生きる数十年後の世界で正しいかはまったく予想できません。むしろ思い返してみると僕たちにアドバイスをくれた30年も前に生まれていた人達の考えは間違っていたことがほとんどです。ですのでできるだけ、これをやれ・あれをやるなというのは言わないように決めているのですが、そのような自分の考えは間違っていないと背中を後押ししてくれるものも、今まで考えたことのなかった新たな気づきもありました。

子どもに正解(だと思われるもの)を押し付けない

これは正しい、こうするべきだというのはやらない。会話は正解不正解を確認するのではなくディスカッションが目的。自分と意見が違う人に対して「そういう意見もあるよね」と思って言えるかが重要で「あなたの意見は理解できません」は絶対ダメ。

街中で親子を見るとだいたい「これはダメ!」みたいな会話が繰り広げられてるじゃないですか。親の意見に(ときには威嚇や暴力で)従わせるってのは絶対によくなさそうですよね。危険があるとか他人に明らかに迷惑をかけるとかじゃなければ、なぜそれがよくないと思うのか?を話し合うのが絶対いいはずです。

プログラミング学習と英語教育について

少し前には(数十年言われ続けてる?)「英語を早くやったほうがいい」、2019年現在は「プログラミングは学校で必修にもなるし早期にやるべき」ということを言う人たちがいます。

英語もプログラミングも学校教育に入れることで実用に耐えるまで全員が伸びるのかというと確実にそんなことはないことがわかります。だって英語って中高、大学も含めたら6~10年も勉強してるんですよ?それで日常会話程度でも話せる日本人ってどれくらいいるんでしょうか?プログラミングだってそうなることは目に見えてますよね。

プログラミング教育に関しては落合さん曰く

  • プログラミングを早く始めることより数学がしっかりできることの方が有利
  • 数学によってプログラムの能力は育まれるけど反対はない

基礎的な数学的思考力をつけさせてあげることや母語をしっかり学ぶことがとかのほうがよっぽど重要なわけです。

最も子どもに必要なことは?

じゃあ最も重要なことはなにか、何をやるべきなのかというのが知りたいはずです。落合さん曰く「能力の差を決めるのは経験なので、多様な世界観を見せてあげること」ということがひとつの結論のようです。人間の能力の差の大部分は、経験によってもたらされる可能性が高いため、特に幼少期から6才までに五感を鍛えてあげることが重要そうだと唱えています。大人の都合や先入観、親の期待でなにかを押し付けたり過保護で行動を制限するのではなく、子どもの体験の機会を狭めないということを一番大事にやっていこうと認識しました。

また受験に関しても、小学校中学校受験は親の資金力と子どもの忍耐のゲームそうですし、大学受験は全科目をまんべんなく頑張るゲームです。たしかにいい学校に入れば面白い生徒が集まりやすいというメリットはあるのかもしれません。しかしそもそも学校や大学内で閉じこもっててもしょうがないので、その点で言っても従来の日本の記憶力をメインとした平均点が高い人が勝つゲームである大学入試であればあまり意味はないかなというのは昔から変わりません。

普通の大人はどう戦う?

今まで活躍できた全教科90点/100点をとれる人間の価値は相対的に下がり、どこかひとつで10,000点をとれる人が活躍できる世の中になりそうです。それでは突出した才能がない人はどうしたらいいのでしょうか?落合さんは「突出した採用がない人は複数の柱を生かしつつ、限界費用が低いテクノロジーを使おう」と提唱しています。どこかの分野で圧倒的なトップにならなくても、組み合わせで勝っていこうということです。全員が大金持ちを目指す必要はありませんしその価値観も人間がどこまで信じ続けられるのかもわかりません。それよりも地方でイチゴ農家をやりながらライブコマースで販売するとか、数百人に支持される音楽を作ってサロン的な形で収入を得るとか、そういった従業員として雇われて働くというのも優秀な層や適合できない層から順々に広がっていくことが確実です。自分自身の強みと社会に適応するために個人の関心の拡大と新しい領域へのチャレンジが必要不可欠だなあと感じるわけです。

現在でもすでにインフルエンサーによるサロン的なものが増えていますが、MOOCのようなオンラインスタイルの塾が学びのスタンダードになっていくということも確率の高い未来です。関心のある・みにつけたい分野をサクッと学びつつ、それを実践で使うという高速インプットアウトプットも進むでしょう。

僕はこうする

数年という短期の話だけではなく、数十年という長期で考えた際にどう学びどう生きるのかを考える本でした。そういった点で、自分はなにをやりたいのか?何ならずっとやっていて苦じゃないのか?を考えつつ、趣味も含めた複数の柱を立てることが重要そうです。

趣味ではその業界のトップを目指すのではなく、ある程度習得したらそれ以上は追いかけない。各分野で一番を目指すのではなく、スキルや関心の掛け合わせによるニッチなポジションで一番になるほうがよさそうです。

マーケティング×データ解析・プログラミング×ソーシャル×生涯学習×英語×本×アイドル

今のところはこの辺りをうまく掛け合わせながら攻めていこうかなあと思い、ProgateでPythonを学びなおすために久しぶりにログインしました。あとはMOCCの授業を受けるために英語をコツコツ習得するのもあと数十年の人生を見越すとやっぱり避けないほうがいいのかなと思ったりもします。

子育てって正解がない正解がわからないどころか、むしろ逆効果なことをしてしまう可能性も十分にあり得ます。どんな知識を記憶しているかではなく、どう考えられるかが今にも増して重要になる社会においては、この本の落合さんの考えは非常に参考になるのではないでしょうか。

2019年1月16日読書・書評