SNSが人を不幸にする理由は、比較できる対象を増やしているから

2019年2月12日SNS・ソーシャルメディア

SNSを使う人の方が幸福感が低いとかFacebook、インスタグラムが流行った時にはSNS疲れが社会現象になりました。SNSには様々なメリットがあるのはもちろんですが、SNSが人を不幸にしているというのも一理あるように感じます。今回は人の幸せの感じ方からなぜSNSが人を不幸せにしているのかを考えてみました。そうするとソーシャルメディアによってリーチできる情報が広がり、比較の対象が増えたことが原因なのではないかという結論に至ったので簡単にまとめてみました。

ソーシャルメディア/SNSのメリット

まずはSNSのメリットとSNSによる変化を考えてみました。一般的なものではFacebookから始まりTwitterやインスタグラムまで様々なSNSがあり、それぞれのソーシャルメディアでは幅の広い情報が獲得できます。さらにGoogle検索のようにこちらから獲得しに行かなくても、フォローしている人の情報は流れてきますし、膨大なデータから分析されたユーザーが興味を持つであろうものが大量に流れ込んできます。機械学習を進化させまくってユーザーは特に考えなくても受動的に欲しい情報を獲得できるように各SNSは頑張っているんですね。

SNSに出回る情報とは

そんなSNSで人気のユーザーや投稿というのは、人がすごいと思うことや憧れるような投稿です。いつも愚痴ばかり言っている人をフォローしませんし、おっさんの自撮りは誰もフォローしたくありません。高価な装飾品、予約の取れない飲食店、美人、ダイエット、旅行、ファッション、ほとんどがこういう暮らしは羨ましい、自分もこれが欲しいと思うようなものです。

人間にはこういう感情が備わっているのは当然なのですが、SNSの厄介なところは今まで見ることのなかった情報まで簡単にアクセスできるようになったということです。普通に暮らしていれば金持ちの日常を見ることもなかったのですが、そういう人たちが自慢したくてアップしている情報に簡単にアクセスすることができます。(むしろあちらからやってくる。)

比較することで得られる幸せ

経済学者のロバート・フランクは周囲との比較で満足を得るものを「地位財」、他人との相対比較とは関係なく幸せが得られるものを「非地位財」と整理しました。

収入や社会的地位、車や時計といった身分や物質は地位財に分類されるものが大半です。地位財の特徴としてはそれ自体では価値を持たず、他人や周囲との比較によって価値が生まれるということです。

地位財を誰と比較するのか?

地位財は他人との比較によって価値を持つものなのですが、このときの比較とは誰と行われるものなのでしょうか?答えは「近くの人」です。人間がある集団で生存するために最も重要なことは、近くの人に負けないということです。遠く離れた国との差は重要ではありません。コミュニティ内で生存するためにはコミュニティ内の他との比較において財や資産を多く持っていることが生き残るためには重要になります。この現象は子どもが同じ学校に通うお母さんの間でのマウンティング競争や同じマンション内での階層議論など現代にもそのまま受け継がれています。

自分よりはるかに金を持っている前澤さんには嫉妬の感情自体も起こらず、収入や環境の厳しい家庭を知ったとしても自分達は恵まれているんだなんて考えることはできません。同じコミュニティや階層のなかで比較をし続けるようにプログラミングされています。

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SNSによってすべてが比較の対象になった

本来「非地位財」に分類される健康やレジャー、自由というものは、他人との比較ではなくそれ自体に価値があるものと定義されていました。

地位財と非地位財

この「非地位財」がSNS時代にどんどん「地位財」的な性質を持つようになっています。例えば、健康においてはハードなボディメイクを行う人達がダイエッターの羨望を集めます。今までは家族や恋人と旅行に行ったりデートに行くのは他人と比較するものではなかったのですが、インスタにアップできるような場所や店が価値を持つようになりました。通勤や労働時間の余裕といった自由さは個人で感じていればよかったものを、ちょっとおかしい一部のアフィリエイターやブロガー、フリーランスが脱社畜!サラリーマンはクソ!とかしょうもないことで金を稼ごうとしてますよね。健康でも旅行でも食事でも労働環境でもなんでも個人が発信することによって、一部は憧れの対象になっていきます。そうやって本来非地位財であったものが地位財的な価値を持つようになってしまいました。

ネットやSNSの発達によってこれまでは知ることがなかったものを知ってしまうことで自分と比較をするようになってしまいました。またSNS上では個人個人が羨望を得られるようにMAXの力で生活を切り取って発信しているのですが、あたかもそれが日常であるかのような見え方をしてしまうということも比較による不幸を生む原因になっているのではないでしょうか。

無駄な比較を防ぐためには?

他人との比較というのは人間に私達に組み込まれているものなので完全に除去するのは難しそうです。モテようと思ったら収入を増やしたりステータスの高い職業や社会的地位を得ようと思うのは女性がそれを選んでいるという以上、生存戦略としては当然です。

ただSNSによって本来する必要のない比較とそれによる劣等感や不幸が生じるのであれば本末転倒です。これを防ぐためには「地位財」と「非地位財」を認識して、早めに自分の幸福のポイントを明らかにするというには重要なんじゃないかなー考えたりしています。

「ネット上の誰か」に憧れてそれに近づくための消費をしてもまったく意味がないんですよね。そんな画面の向こうのインフルエンサー()の情報を消費するくらいだったら犬の散歩でも行ったほうが幸せなんじゃなないでしょうか。

2019年2月12日SNS・ソーシャルメディア